横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)2956号 判決 1988年1月26日
原告 東京実業株式会社
被告 国
代理人 鈴木實 赤穂雅之 高橋一雄 三橋正明 ほか二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 横浜地方裁判所が同庁昭和六〇年(ケ)第四六三号不動産競売事件につき作成した配当表中、被告の配当順位を第三順位として配当すべき金七二五万八五七二円とあるを取り消し、原告の配当順位を第三順位として原告に同金額を配当すると変更する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的請求)
1 被告は原告に対し、金七五五万八五七二円及びこれに対する昭和六二年七月一五日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (主位的請求の原因)
(一) 横浜地方裁判所は原告の申立てに基づき別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)につき昭和六〇年(ケ)第四六三号事件として債務者を訴外加藤建設株式会社(以下「訴外加藤建設」という。)とする不動産任意競売手続を開始し、その後本件不動産競売の結果、配当期日である昭和六一年一〇月二九日に配当表を作成開示した。
(二) 右の配当表には、被告の機関である横浜南税務署の配当順位を第三順位としてその配当金額を金七二五万八五七二円とする旨、また、原告の配当順位を第四順位として配当金額を金〇円とする旨の各記載がある。
(三) 右被告に対する配当は、前記任意競売事件における債務者である訴外加藤建設に対する被告の滞納国税債権につき、被告が横浜地方裁判所に対してなした交付要求に基づくものであるところ、被告は右交付要求をなすに際して、当時本件土地につき抵当権を有していた原告に対して国税徴収法八二条三項、五五条の効力規定に反して交付要求の通知をなさなかつた。
(四) 原告は前記配当期日において被告が交付要求をした前記債権について異議申立てをした。
(五) よつて、本件配当表には被告のなした交付要求が無効であるのに被告を第三順位とした点で過誤があるから、右部分を取り消し、原告を第三順位として同順位の配当額金七二五万八五七二円はこれを原告に配当するよう右配当表を変更することを求める。
(予備的請求の原因)
(一) 横浜地方裁判所は主位的請求の原因(一)記載のとおり不動産競売手続を開始し(昭和六〇年九月九日競売開始決定)、同年一二月二日を配当要求の終期と定めた。
(二) 被告は右配当要求の終期以前に訴外加藤建設に対する滞納国税債権について横浜地方裁判所に対して交付要求をした。
(三) 右交付要求をなすに際して、被告は原告が本件土地について抵当権を有することを知りながら、右交付要求の通知をしなかつた。
(四) 訴外加藤建設は、右交付要求の当時、本件土地のほかに別紙物件目録二記載の各土地を所有(ただし、訴外株式会社盛光の名義になつているが、その移転原因は譲渡担保である。)しており、右各土地を換価すれば前記滞納国税債権の弁済を受けるに足りるものであつたから、原告としては被告から交付要求の通知を受けていれば、右事情に基づき被告に交付要求の解除の請求をなし、交付要求解除を得られたにもかかわらず、被告の通知がなかつたことにより右交付要求解除の機会を失つた。
(五) 原告は前記不動産任意競売事件について、配当を受け得るものと信じてその配当額と競売にかかる売却代金を相殺する意図で、自ら入札した上、落札した。
(六) しかるところ、横浜地方裁判所は主位的請求の原因(二)記載のとおりの配当表を作成開示し、これによれば原告は配当金を受けられない。
(七) 従つて、原告は被告が交付要求通知を欠いたことにより左の各損害を受けた。
(1) 右通知に応じて原告が被告に対して交付要求の解除請求をしていたならば、原告が前記競売から配当を受け、売却代金と相殺し得た金額(被告に対する配当額相当金額) 金七二五万八五七二円
(2) 慰謝料 金三〇万円
(八) よつて、原告は被告に対し公務員の不法行為に基づく国家賠償法一条に従い、被告に対して金七五五万八五七二円及びこれに対する被告の不法行為の日の翌日以後である昭和六二年七月一五日以降支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 (主位的請求の原因について)
(一) 主位的請求の原因(一)ないし(四)の各事実は、原告主張の国税徴収法の規定が効力規定であることを除いて、いずれも認める。
(二) 国税徴収法五五条の規定は滞納処分の効力に関する規定ではないから、被告が訴外加藤建設に対して有する滞納国税債権について交付要求をするに際して、原告に対する交付要求の通知を欠いたとしても、交付要求の効力には影響がない。
(三) 被告の本件交付要求は、滞納処分と強制執行との調整に関する法律(以下「滞調法」という。)一〇条三項、一七条及び二〇条に基づくものであり、滞調法一〇条三項の交付要求は、差押国税債権の確認手段にすぎないから、既に滞納処分による差押えを熟知している質権者等に改めて交付要求の内容の通知を必要としない。
2 (予備的請求の原因について)
予備的請求の原因(一)、(二)、(三)(ただし、「原告が抵当権を有することを知りながら」の部分を除く。)及び(六)の各事実は認める。(四)の事実のうち、別紙物件目録二記載の各土地に原告主張の登記関係が存することは認めるが、その余は争う。(五)の事実は知らない。(七)の事実は否認する。
第三証拠 <略>
理由
一 (主位的請求について)
1 主位的請求の原因事実は、国税徴収法八二条三項、五五条の規定が効力規定であることを除き、いずれも当事者間で争いがない。
2 よつて、本件で被告が滞納国税債権について競売手続中に交付要求をする際国税徴収法八三条三項の定める交付要求通知を欠いた点について、これが被告の交付要求の効力自体に影響するかについて判断する。
国税債権は、国の財源の確保という公益目的にかんがみて、原則としてすべての公課その他の債権に先だつて徴収することが認められており(同法八条)、ただ、私債権との関係では、特定の場合に国税債権に対する私債権の優先が認められるにすぎず、その優先関係の範囲、限度は一律に法令によつて規律されているところである(同法第二章第三節)。してみると、私債権に優先する国税債権が現に存在する限りは、他の私債権者においてこれに劣後する地位に立つことを受忍すべきことは法令自体によつて要請されているものと言うべく、この点は私債権者が国税債権の存在を知つていたかどうかにかかわりないところである。
ところで、国税徴収法は、国税債権の弁済を確保する手段の一つとして、国税滞納者の財産について他の私債権者等から競売などの強制換価手続が取られた場合には、税務署長がこれを執行する機関に対して交付要求をするものとしているが、その際、当該財産について質権、抵当権等の担保権を有する者があり、税務署長にそれが知られているときはこれらの者に対して交付要求をなした旨を通知すべきものとしている(同法八二条一項、三項、五五条)。これは、右のような担保権を有する者においてはその被担保債権については当該財産の換価代金から優先弁済を受け得るものと期待しているのが通常であるから、これらの者に右被担保債権に優先する国税債権の存在を告知することにより配当以前の段階で右の期待に対する警告を発するとともに、これらの担保権者が交付要求の解除を請求する(同法八五条一項)機会を与えるという趣旨に出たものと解される。そうすると、通知の存否により交付要求の効力が影響されるかという問題はこのような交付要求通知の制度の趣旨から考えてこれを欠いたことにより国税債権の右被担保債権に対する優先的効力そのものを制限すべき合理的根拠があるか、という観点から考えるべきこととなる。
しかし、前判示のごとく、国税債権の他の債権に対する優先的効力は、通知の存否にかかわらず法令の規定により当然に生じるものであつて、通知制度はこうした優先的効力を前提としてこれを担保権者に告知する意味を有するにすぎない。従つて、この点に関する限り、通知の存否が国税債権の優先的効力を制限する理由は存しないと言うべきである。
もつとも、担保権者が通知を受けて交付要求解除の請求をした場合において右の請求が税務署長に容れられれば、当該財産に関しては国税債権の配当要求の効力が消滅し、担保権者の優先権が復活するという意味において、通知の存否が国税債権と被担保債権の優先関係に影響を及ぼす場合がないわけではない。しかし、この場合、通知が持つ優先関係への影響はきわめて間接的なものにすぎないばかりでなく、担保権者において交付要求の解除を請求したとしても、実際にこれが解除されるかどうかは、国税債権を滞納している者が有する他の財産が換価が容易であるかどうかという、税務署長の裁量判断に委ねられているのであるから、請求があつたことが直ちに交付要求の解除の結果を生じるものではない。まして、交付要求の通知がなされたからといつて、担保権者の優先的地位が直ちに確保されるものでないことは明らかである。そうであるならば、解除請求の機会の確保という観点から見たとしても、交付要求通知の存否によつて、国税債権の優先的効力が左右されるべきものとするのは根拠がない。
以上によれば、交付要求がなされた場合において担保権者等に対する通知を欠いたことは交付要求の効力には影響を及ぼすものではないと解するのが相当であり、この点で原告の主位的請求に関する主張は失当と言うべきである。
二 (予備的請求)
1 予備的請求の原因事実のうち、同(一)ないし(三)(ただし、「原告が抵当権を有することを知りながら」の部分を除く。)についてはいずれも当事者間で争いがなく、また、<証拠略>によれば同(四)の事実のうち、訴外加藤建設が別紙物件目録二記載の各土地を原告主張の形態で所有していた事実を認めることができ、また、同(六)の事実は当事者間に争いがない。
しかし、予備的請求の原因事実(四)の事実のうち、訴外加藤建設所有にかかる右土地について被告がこれを換価するのが、本件土地の競売につき交付要求をするより容易であつたとの立証はなく、かえつて、<証拠略>を総合すれば、被告の交付要求の当時、別紙物件目録二記載の各土地には訴外株式会社盛光のための譲渡担保権が設定されていた事実、右譲渡担保権の存否をめぐつて係争が生じていた事実のほか、鎌倉信用金庫ほかの根抵当権等の目的となつていることが認められ、右の各事実によれば、被告においてこれらの土地の換価代金から国税債権の弁済を受けるについては相当の困難を伴うものであることが認められる。
そうすると、本件においては、国税徴収法八五条一項の交付要求解除の請求の要件である国税滞納者がほかに換価の容易な財産を有していたとの要件を欠くこととなる。それ故被告が原告に対して交付要求の通知をしていれば原告がその解除を請求し被告もこれに応じて交付要求を解除したとの前提で、右交付要求通知の欠缺により原告が損害を受けたものとする原告の請求には理由がない。
三 以上によれば、被告主張のその余の点につき判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鎌田泰輝)
別紙 物件目録一 <略>
物件目録二 <略>